東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)175号 判決 1979年4月11日
原告
藤木イキ
右訴訟代理人
風早八十二
外一七九名
被告
武蔵村山市福祉事務所長
福島満照
被告
厚生大臣
橋本竜太郎
右被告ら指定代理人
玉田勝也
同
熊敏彦
右被告武蔵村山市福祉事務所長
指定代理人
園部秀夫
右被告厚生大臣
指定代理人
丸田和夫
同
紺矢寛朗
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告
1 被告武蔵村山市福祉事務所長が昭和四八年二月二七日付でした原告の生活保護法による保護の申請を却下する旨の処分を取り消す。
2 被告厚生大臣が昭和四八年一〇月六日付でした原告の再審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文と同旨
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 本件処分、裁決に至る経緯
1 原告は、脊髄カリエス等の後遺症のため国立村山療養所に入院中の昭和四二年八月被告武蔵村山市福祉事務所長(以下、「被告所長」という。)に対し生活保護の申請をしたところ、管轄違いを理由に却下され、更に与野市福祉事務所長に対し同様の申請をしたが、保護の要件に欠けるとしてこれも却下されたため、右処分等の取消しを求める左記(一)ないし(三)の訴訟(以下、一括して「第一次訴訟」という。)を提起した。
(一) 東京地方裁判所昭和四四年(行ウ)第一六六号生活保護申請却下処分取消請求事件
(二) 浦和地方裁判所昭和四六年(行ウ)第七号生活保護申請却下処分取消請求事件
(三) 東京地方裁判所昭和四六年(行ウ)第一七六号裁決処分取消請求事件
その後、右(一)の訴訟について昭和四七年一二月二五日原告勝訴の判決があり、同判決は確定したため、被告所長がした前記却下処分は取り消され、昭和四二年八月二八日に遡つて原告に対し生活保護を開始する旨の決定があり、原告は既往の保護費二〇万四五四七円(生活扶助四〇七七円、医療扶助二〇万〇四七〇円)の支給を受けた。その結果、右(二)、(三)の訴訟は、その目的を達したので、いずれも昭和四八年五月、原告が請求を放棄し、訴訟費用を各事件の被告が負担することとして裁判上の和解により終了した。
2 ところで、原告は、第一次訴訟の提起追行を弁護士渡辺良夫、同四位直毅、同南元昭雄に委任し、昭和四八年一月二九日その報酬等として左記金員合計一五万一六三〇円を支払う旨約した(以下、「本件弁護士費用」という。なお、右金員中、出廷費用、出張費用の一部四万三三五〇円については、第一次訴訟の訴訟費用額確定決定により別途支払われることとなつた。)。
(一)の訴訟
出廷費用一六回分 三二、〇〇〇円
訴訟記録謄写費用 九、一三〇円
報酬 六〇、〇〇〇円
(二)の訴訟
出廷費用九回分 一八、〇〇〇円
出張費用九回分 二二、五〇〇円
(三)の訴訟
出廷費用五回分 一〇、〇〇〇円
合計 一五一、六三〇円
3 原告は、右金員を支払う資力がないので、昭和四八年一月二九日被告所長に対し生活保護法(以下、「法」という。)による保護の申請をしたが、同被告は、同年二月二七日本件弁護士費用は生活扶助の対象に当たらないとしてこれを却下した(以下、「本件処分」という。)。原告は、これを不服として同年四月一七日東京都知事に審査請求をしたが、同知事はこれについて裁決をしないので、更に同年七月三〇日被告厚生大臣(以下、「被告大臣」という。)に再審査請求をしたところ、被告大臣は、同年一〇月六日これを棄却する旨の裁決をした(以下、「本件裁決」という。)。
二 本件処分の違法
1 法は、憲法二五条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対しその困窮の程度に応じて必要な保護を行いその最低限度の生活を保障することを目的とするものであり、健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要な限りこれを保護の対象とすべきであつて、法による基本的な保護である生活扶助(法一二条)がその対象として挙げている「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」には、他の扶助や法律によつて救済しえない生活の需要についても幅広く含めて解釈すべきものである。
ところで、法治国家における国民の法的生活は医療に劣らない重要性を持つており、民事裁判が財産、身分の得喪に直接関係するものであることを考えると、日常生活における法的処理、特に裁判による紛争の解決を求めることは国民の健康で文化的な最低限度の生活のなかに当然含まれるべき事柄であつて、経済的理由により自らの裁判を追行しえない生活では到底健康で文化的な生活ということができない。しかも、現在の裁判手続は複雑であるから、弁護士強制でない事件であつても、実際上弁護士に依頼することなく裁判を追行することは極めて困難である。したがつて、貧困者が権利を行使しあるいは違法不当な行為から防禦するための裁判の費用、更には右裁判のための弁護士費用は、この点につき他に救済制度のない今日においては、法一二条一号所定の「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」に当たると解すべきである。
生活保護行政の取扱いにおいても、例えば断酒会に通う本人又は付添いの家族の交通費は生活扶助の移送費(法一二条二号)の対象とされているし、運転免許取得のための交通費や教材費は生業扶助(法一七条)の対象とされているのであるから、これらと比較しても、弁護士費用を含む裁判のための費用が生活扶助の対象に当たらないと解すべき合理的な根拠はないのである。
2 特に、本件弁護士費用は、前記のとおり生活保護申請却下処分の取消しを求める訴訟のために要した費用であつて、このように、社会保障上の権利が行政当局によつて侵害された結果、その権利貫徹のための手続として必要とされた訴訟の費用は、まさに生活保護によつて救済されなければならないというべきである。けだし、このように解さないと、貧困者が右訴訟において勝訴したとしても、その権利貫徹に要した費用が当該個人の負担に帰することとなつて、せつかく回復した最低限度の生活がそのことによつて再び失われるに至ることとなるからである。したがつて、少なくとも社会保障上の権利を行使するための裁判に要する費用については、弁護士費用を含め、他に特段の救済方法がない以上、これを生活扶助として保護の対象とすべきものである。仮に生活扶助の対象に当たらないとしても、本件の第一次訴訟は原告の医療扶助を請求する権利を実現するための訴訟であつたから、これに要した本件弁護士費用は実質的には医療扶助の一部として保護の対象になるとも解することができる。
3 仮に、本件弁護士費用が法に定める生活扶助又は医療扶助のいずれの対象にも当たらないとしても、法の趣旨に照らせば、法一一条に掲げられた保護の種類は例示的なものにすぎず、内容的に国民の健康で文化的な最低限度の生活を維持するのに必要なものである限り、法の列挙する保護の種類のいずれにも属さないから扶助の対象にならないということは許されないのである。そして、裁判のための費用、特に本件弁護士費用は国民の最低限度の生活を保障するために必要欠くべからざるものであるから、法による保護の対象として扶助されなければならないというべきである。
4 以上のとおり、本件弁護士費用は法による保護の対象となるべきものであるから、右費用についてした原告の生活保護の申請を却下した本件処分は違法である。
なお、保護の程度につき被告大臣の定めている保護基準(法八条参照)には本件弁護士費用の該当すべき項目がないとしても、右費用が法による保護の対象となるべきものである以上、被告所長としては、法九条の必要即応の原則の適用として保護基準によらずに保護を与えるか、あるいは被告大臣に対し特別基準の設定に関する申請をすべきであつて、そのいずれをもすることなく原告の保護申請を却下した本件処分は違法である。
5 貧困者に対する法律扶助制度の確立は憲法の基本原則に根ざすものである。
すなわち、憲法の基本原理である民主主義の思想は、国民が単に立法過程に参加しうるだけでなく、立法機関によつて制定された法律を具体的に実現する過程においても参加することができるものであることをその内容とするが、国民が権利行使を承認しない者に対して訴訟を提起し、また、自己の権利義務を防衛するため裁判を受けることは、その基本的な権利であり、かかる権利を実質的に保障するための公的責任による法律扶助制度の確立は憲法一二条、一三条の要請するところである。また、刑事手続のみならず民事手続においても、国民が裁判所において専門的知識をもつて十分な主張立証を尽して判決を得ることができることは、憲法三一条の適正手続保障の一内容であり、経済的理由によつて法律専門家である弁護士の関与を受けることなく裁判を行わざるをえないとすれば、それは憲法三一条のみならず同法一四条、三二条にも違反するものである。更には、国民が弁護士に依頼して日常の法的紛争を処理することができることはその健康で文化的な最低限度の生活に含まれるべき事柄であるから、貧困者に対する法律扶助は憲法二五条の当然予定するところである。
したがつて、本件弁護士費用について法による保護の申請を却下することは、右のような法律扶助の拒否にほかならず、この点において本件処分は憲法の右各条項に違反し無効であるといわざるをえない。
三 本件裁決の違法
1 既述のとおり、本件弁護士費用は法による保護の対象となるべきものであるから、被告大臣としては本件再審査請求の段階において特別基準を設定して原告を救済すべきであつたのに、これを怠り再審査請求を棄却したことは違法であり、右違法は裁決固有の違法である。
2 また、本件裁決は前記二の5と同様の理由により憲法一二条、一三条、一四条、二五条、三一条、三二条に違反し無効である。
四 よつて、原告は、本件処分及び本件裁決の取消しを求める。
(請求原因に対する認否)
一1 請求原因一の1は認める。
2 同一の2のうち、原告が第一次訴訟の提起追行を弁護士渡辺良夫、同四位直毅、同南元昭雄に委任したことは認めるが、その余の事実は不知。なお、第一次訴訟の訴訟費用額確定決定により確定した出廷に関する費用は合計四万六二〇〇円である。
3 同一の3のうち、原告が本件弁護士費用を支払う資力がないことは不知、その余の事実は認める。
二 同二は争う。
三 同三は争う。
(被告らの主張)
一 本件弁護士費用は法による保護の対象となりえない。
1 法は、生活に困窮し最低限度の生活を維持できない者に対して、生活、教育、住宅、医療、出産、生業及び葬祭の七種類の扶助を行うこととし(一一条)、一二条から一八条までにおいてそれぞれの扶助の種類ごとにその保障する範囲を定めているのであつて、右保護の種類は限定的に列挙されているものと解すべきであり、法がそれ以外の保護を予定していないことは明らかである。
2 そこで、本件弁護士費用が法の定める各種扶助のいずれかに当たるといえるかどうかについてみるに、まず、それが法一三条ないし一八条に規定する各種扶助の対象となりえないことは一見明らかである。また、法一二条は生活扶助の範囲として、「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」及び「移送」を定めているが、前者は、要保護者が日々生活していくうえにおいて必要なもの、例えば飲食物費、被服費、身のまわり品費、光熱費等を内容とするものであつて、「弁護士に支払うことを約した債務の弁済に充てるため」というようなことは、右扶助の範囲に含まれない。後者は、要保護者等の最低限度の生活の維持、自立助長等に必要な場合の交通費及び移送に伴う費用を対象とするものであつて、裁判を準備するための調査費等裁判費用を扶助の範囲に含むものではない。
結局、本件弁護士費用は、法の定める各種扶助のいずれの対象ともなりえないものであるというほかない。法による保護の範囲及び程度は、本来一般国民の生活水準、社会経済条件等に照らして決定されるもので、おのずから一定の限度があるものであり、わが国における一般国民の日常生活の実態に鑑みれば、弁護士費用のごときものを法で保障する最低限度の生活の内容に含めて考えることはできないのである。
3 貧困者に対して弁護士費用を含む裁判費用を保障し、どのように裁判を受ける権利の実質化を図つていくべきかという問題は、司法的救済制度に関する立法政策に属する事柄であり、現行法制上弁護士費用等に関する扶助制度が不備であるからといつて、直ちにこれを司法的救済制度以外の社会福祉制度等によつて解決しなければならないということはできない。このことは法による要保護者が裁判を受ける場合の弁護士費用等に関してもまつたく同様である。
二 仮に右一の主張が認められないとしても、本件においては、原告は次に述べるとおり法律扶助制度を利用することによつて救済を受けえたものであるから、法四条に定める補足性の原理に照らし、本件弁護士費用につき生活保護給付をすることは許されないといわざるをえない。
1 無資力者のためにする法律扶助については、国がその活動について大幅な援助を行つている財団法人法律扶助協会(以下、「扶助協会」という。)による法律扶助事業があり、資力に乏しい国民であつて、勝訴の見込みがあり、かつ扶助の趣旨に適合する場合には、訴訟費用、弁護士手数料、弁護士謝金等の扶助を受けることができ、しかも、被扶助者が法の適用を受けている被保護者である場合等においては、右扶助費の償還が免除されることとなつている(法律扶助立替金の償還ならびにその猶予および免除に関する取扱要領第四及び第七参照)。
2 原告は、第一次訴訟を提起追行するにつき、扶助協会による右扶助の要件を具備しており、かつ、扶助費の償還免除を受けうる立場にあつたのであるから、原告が扶助協会に扶助申込みをすれば(受任弁護士が既に私的に訴訟事件を引き受けたのちであつても、なお扶助の申込みをすることは可能である。)、扶助決定を受けて訴訟を追行することができ、事件終了後も扶助費の償還免除を受けることによつて、結局、自己の費用を支出せずに第一次訴訟を追行できたものというべきである。
三 原告が援用する憲法の各条項は、いずれも国民に対し、直接生存のための具体的権利を与えたり、裁判を受けるため法律扶助を受ける権利を与えたものでないことは明らかである。したがつて、憲法のこれらの規定が直接に裁判費用について規定したものであるという原告の主張は理由がなく、本件処分、裁決の適否になんらの関係もない。
四 原告は、被告所長が被告大臣に対し本件弁護士費用について生活扶助の特別基準の設定の申請をしなかつたこと及び被告大臣が再審査請求の審理に際し右特別基準の設定をしなかつたこと、が違法である旨主張する。
しかし、法による保護の基準(昭和三八年厚生省告示第一五八号)第二号に基づく特別基準は、一般基準によつては最低限度の生活に必要な需要を満たすことができないような特殊な事情があり、法で予定している最低限度の生活を維持することのできない場合に設定されるものであるから、そもそも生活保護給付の対象に予定されていない本件弁護士費用について特別基準を設定することができないことは明らかであり、原告の前記主張は失当である。
五 以上のとおりであるから、原告が本件弁護士費用についてした生活保護の申請を却下した本件処分及びこれに対する再審査請求を棄却した本件裁決は、いずれも適法である。
(原告の反論)
一 被告らは、原告が第一次訴訟を提起追行するについて扶助協会による扶助を受けることができたから、法四条に定める補足性の原理に照らし本件弁護士費用につき法による扶助を求めることはできない旨主張する。
しかしながら、右主張は、法四条の解釈上及び扶助協会の制度に照らし、到底容認することができない。
1 法四条にいう「利用しうる資産、能力その他あらゆるもの」とは、事実上利用しうるものという意味ではなく、現実に使用処分の権能のあるもの、いわば法的な処分権のあるものをいうと解すべきであるところ、扶助協会は純然たる民間の任意団体であつて、同協会による扶助はなんら法律に基づくものではないから、原告は第一次訴訟について同協会に対し扶助を求める権利も義務もなく、同協会も原告の扶助申込みに対してこれを承諾する義務を負うものではない。したがつて、扶助協会による扶助は法四条にいう「利用しうる……もの」には当たらないというべきである。
また、第一次訴訟は既に終了しており、本件弁護士費用についてはもはや扶助協会による扶助を受けえないのであるから、本件について補足性の原理を理由に法による保護を否定することはできない。なお、原告は第一次訴訟当時扶助協会による扶助を受けられることを知らなかつたし、被告らも原告に対してその旨の教示をしなかつたのであるから、原告が扶助協会に対し扶助の申込みをしなかつたことを理由に本件弁護士費用について法による保護を否定することはできない。
2 扶助協会による扶助は一定の裁判費用についての立替えであるから、事件が終結したときには右立替金を償還しなければならない。もつとも、一定の場合には償還の猶予及び免除が認められるが、被扶助者が訴訟の相手方から金員若しくは財産の給付を受けたときは、その金員若しくは財産の価額から法務省所定の緊急必要経費(交通事故の被害者の治療費、家屋明渡事件の立退料等のような被扶助事実と直接関係のある経費)を控除した残額の二割五分に相当する金額については、償還の猶予も免除も認められないこととされている。原告は、第一次訴訟で勝訴した結果二〇万四五四七円の金員の交付を受けており、右金員は前記緊急必要経費に当たらないから、仮に原告が扶助協会による扶助を受けていたとしても右金員の二割五分に相当する金員については償還しなければならないのである。このように立替金の全額免除が認められない以上、扶助協会による扶助を受けられることを理由に本件弁護士費用につき法による扶助を否定することは許されない(仮に、原告の得た金員が緊急必要経費に当たるとしても、原告はそのことを知らなかつたから、原告が第一次訴訟について扶助協会に扶助の申込みをしなかつたことはやむをえないというべきである。)。
3 また、扶助協会による扶助を受けるためには勝訴の見込みのあることが必要であり、しかも当該事件が著しく特殊な専門的能力を要するときは受諾されないこととされているが、第一次訴訟はその性質上勝訴の見込みがあると認定される可能性が少ないばかりか、著しく特殊な専門的能力を要するときに当たり、仮に原告が扶助協会に扶助の申込みをしたとしても扶助決定を受けられたとはいえないのである。しかも、被告らは第一次訴訟において終始原告の主張を争い裁判の対象となつた処分の正当性を主張していたのであるから、本訴において第一次訴訟は訴え提起の当初から原告に勝訴の見込みがあつたと主張することは条理上許されない。
4 扶助協会に対する国庫補助金は、その使途が扶助費のみに限定されているうえにその額も十分でないため、同協会の財政は慢性的な危機状態にあり、国民の法律扶助に対する需要を満たしえない現状にある。したがつて、このような扶助協会が存在するからといつて、本件弁護士費用について法による扶助を否定することはできない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因一の1、3(原告が本件弁護士費用を支払う資力がないことを除く。)の事実及び同2のうち原告が第一次訴訟の提起追行を弁護士渡辺良夫、同四位直穀、同南元昭雄に委任したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は昭和四八年一月二九日前記三名の弁護士に対し第一次訴訟についての報酬等として合計一五万一六三〇円の本件弁護士費用を支払う旨約したことが認められる。
二そこで、まず、生活困窮者が訴訟の追行のために要する弁護士費用その他の裁判費用が一般的に生活保護の対象となるものであるかどうかについて検討する。
1 法の定める生活保護は、憲法二五条の理念に基づき、生活困窮者に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障するために国が必要な保護を行う制度である。右憲法の規定が保障する健康で文化的な最低限度の生活なるものは、相対的概念であるから、その具体的内容も一義的・固定的なものではありえず、それぞれの時代と社会における文化の程度や一般国民の生活水準、更には国民経済の状況等によつておのずから差異が生じることは、当然である。
ところで、現代社会においては、紛争の法的処理ということが重視されており、殊に訴訟ないし裁判は結果的に財産又は身分の得喪をもたらすものであるだけに、生活上その影響するところは少なくない。しかしながら、国民生活の実情に即してみる限り、人びとが日常生活において自ら当事者として訴訟に関与しなければならなくなることはそれほど普通の事柄ではなく、訴訟の追行が一般的に人間として日々の生活を営むために必要不可欠な需要になつているものと認めることは困難である。この点において訴訟は日常生活に直接かかわる医療とは異なるものといわざるをえない。かくして、国民が訴訟を追行し裁判を受けること自体は、憲法二五条にいう健康で文化的な最低限度の生活の内容をなすものではなく、国が資力のない国民の裁判費用について援助する措置をとらないからといつて、直ちに憲法二五条違反となるものではないと考えられる。
2 貧困者の裁判費用をいかに援助するかは、いわゆる法律扶助の問題として論じられているところである(以下では民事・行政訴訟の関係に限定して論及する。)。この法律扶助は、法的紛争の強制的解決を国家機関による裁判手続によつて行うこととし、私人の自力救済を禁止したことに伴い、資力のない者に対しても裁判を受ける権利を実質的に保障することを目的とする。したがつて、そこにおいては、生活困窮者に対する最低限度の日常生活の保障といつた社会保障の見地からではなく、訴訟ないし裁判という国家制度の利用の実質的保障の見地から、必要な裁判費用を負担するだけの資力にとぼしい者すべてが広く適用の対象とされるべきものであり、生活保護を受けるべき貧困者の裁判費用援助の問題も、本来、右法律扶助制度のなかにおいて解決すべき筋合のことである。
そこで、わが国の現行の法律扶助制度をみると、おおよそ次のとおりである。
(一) 訴訟上の救助
民事・行政訴訟においては、訴訟費用は当事者が負担すべきものとされているが、これを支払う資力のない者は、裁判所の救助決定により、右訴訟費用の支払の猶予を受けることができる(民事訴訟法一一八条以下)。しかし、この訴訟上の救助は、法定の訴訟費用についてのみ認められるものであり、それ以外の裁判費用、特に一般の弁護士費用については、この制度によつて援助を受けることができない。したがつて、この制度は、貧困者も法律上は裁判所の諸行為を求めることができることを最小限度保障するものであるにとどまり、これのみによつては、貧困者の裁判制度の利用は事実上やはり困難である。
(二) 法律扶助協会による扶助
法務省設置法一一条四号は、貧困者の訴訟援助に関する事項を法務省人権擁護局の所掌事務のひとつとしており、また、弁護士法三三条二項九号は、弁護士会の会則に無資力者のためにする法律扶助に関する規定を置くべきことを定めて、貧困者に対する法律扶助事業が国家機関の所掌事務であると同時に弁護士会の責務であることを明確にしている。そして、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、昭和二七年一月日本弁護士連合会からの寄付金一〇〇万円を基金として財団法人法律扶助協会が設立された。同協会は、法律上の扶助を要する者の正義を確保し、その権利を擁護することを目的とし(寄付行為四条)、資力のとぼしい者に対する法律問題に関する扶助等の事業を行うもので(同五条)、本部を日本弁護士連合会館内におき、全国に五〇の支部を有している。同協会の事業資金のうち扶助費の財源は国庫補助金、償還金、雑収入であり、そのうち国庫補助金は昭和三三年以降毎年予算措置が講じられ、昭和四四年以降についてみても毎年約八〇〇〇万円前後の額の補助金が交付されている。また、その事業費、一般事務費の財源は主として各支部所在の地方公共団体の補助金、弁護士会の援助金、扶助事件受任弁護士からの寄付金、国庫調査費補助金などである。
扶助協会による扶助件数は逐年漸増の傾向にあることが窺われ、最近においては毎年二〇〇〇件以上の扶助がされている。その扶助は、本部及び各支部に置かれた法律扶助審査委員会が扶助申込事件につき、勝訴の見込みのあること、申込者に資力がないこと、扶助の趣旨に合致していることなどの点について審査したうえで扶助の許否を決定し、扶助を相当と認めた事件については弁護士を紹介するとともに訴訟費用、弁護士に対する手数料、報酬等を立て替えることによつて行われる。
扶助協会による扶助は扶助費の立替方式によるものであるから、被扶助者は事件が終了した場合には原則として扶助費の全額を償還しなければならないが、償還しうる資力のない者に対しては償還の猶予又は償還の免除をすることができる(法律扶助立替金の償還ならびにその猶予および免除に関する取扱要領(昭和三九年法務省人擁第一九八号)第四、第七)。もつとも、被扶助者が扶助事件の相手方から給付を受ける金員がある場合、それから緊急必要経費を控除した残額の二割五分に相当する金額は猶予、免除の対象とならないこととされている(前記取扱要領第四、第七)。
これが現行法律扶助制度の概要である。これによつてみれば、前記訴訟上の救助及び扶助協会による扶助が必ずしも十分なものではないとしても、なお、両者相まつて貧困者に対する裁判制度の利用保障のためにそれ相当の役割を果していることは、これを認めなければならない。このことと、貧困者に対する法律扶助を具体的にどの程度に行うかは立法政策に属する問題であることを前提として考えるならば、現行制度としては、貧困者の裁判費用の援助につき、右二つの施策により認められるところを超えて、更に、その不十分な点を社会保障としての生活保護によつて補うことは予定していないものとみるのが相当である。
3 以上1、2の見地に立つて法の規定をみると、貧困者が訴訟を追行するために要する弁護士費用その他の裁判費用は、法による生活保護の対象とはされていないものと解さざるをえない。すなわち、法一二条が生活扶助として定める「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」とは、飲食費、被服費、身のまわり品費、保険衛生費、光熱費等日々の生活維持のために最低限度必要とされるものをいうものであつて、前記のように非日常的な裁判費用までを含むものではないと解すべきであるし、また、法一三条以下に定められているその他の種類の扶助のなかに右裁判費用が含まれるものでないことは、規定上明らかである(なお、法の定める保護の種類が例示的なものであるとの原告の主張は、採用しがたい。)。
以上のとおりであつて、弁護士費用その他の裁判費用は、現行法上一般的には、生活保護の対象となるものではないというべきである。
三次に、本件弁護士費用は、原告が第一次訴訟において生活保護申請却下処分の取消しを求めるために必要としたものである。したがつて、それは、裁判費用であると同時に、原告がそれを負担して第一次訴訟を追行した結果先の却下処分の取消しを得て生活保護を受給することができたという点からみれば、広い意味において生活保護を受給するために要した費用の一種であるという面をも有する。原告が本訴において、一般の裁判費用についてはともかくとしても、本件弁護士費用については保護を認めるべきであると主張するのは、右のような一面に着目した指摘であると解されるので、本件弁護士費用がかかる受給費用として生活保護の対象となりえないかどうかについて検討する。
1 生活保護の申請ないし受給の手続をみると、手続そのものは無償であるが、実際には、保護申請に赴くための交通費その他なんらかの費用の支出を必要とする場合がありうる。このような受給費用が生活保護上いかに取り扱われるべきかについて明文の定めはない。しかし、法による生活保護は、現に生活に困窮する者に対し、その者の今後における最低限度の生活を確保するために、日々の生活を営むうえで必要とされる最低需要を満たす給付を行うものであつて、生活保護を受けること自体は法の予定する最低限度の生活の内容をなすものではないことを考えれば、生活保護を受給するために要する費用もまた、当然には右にいう日常生活の最低需要には含まれず、生活保護の本来の対象となるものではないといわなければならない。保護受給のための費用の負担を軽減して保護の申請ないし受給を容易ならしめることは、右費用をも負担しえない貧困者に対しても生活保護制度の無差別平等な利用を保障するために必要なことであるが、これをいかにして実現するかは、保護申請手続の簡易化、保護実施機関の適正な配置、職権による保護の開始などとともに、保護の実質的保障のための施策として別途に考えるべきことであり、保護の対象範囲の問題として解決すべきことではないというべきである(受給費用の負担軽減の必要性は保護が開始された場合だけにあるわけではない。)。仮に右受給費用が債務として現に要保護者の負担になつているとしても、これを所定の最低生活費に加算して別に補填しなければ、直ちに、生活保護の目的たる今後の最低限度の生活が維持できなくなるというものではないのである。
2 右のように、保護受給費用は法による本来の保護の対象ではないと解すべきであるが、要保護者の救済をより厚くするための措置として、右費用を最低限度の生活の需要に準じて補填するという取扱いを行うことも、必ずしも不合理なことではない。しかし、本件弁護士費用は、保護の申請ないし受給それ自体のために要した費用ではなく、保護受給権を違法に侵害された結果これを回復するための訴訟に要した費用であるから、前述のとおり広い意味における保護受給費用の一種には属するものの、生活保護制度の利用費用としての性格は極めて稀薄であり、違法行為についての争訟費用たる性格を主とするものというべきである。そうであるとすれば、保護受給費用を最低限度の生活の需要に準じて取り扱う余地が仮にありうるとしても、少なくとも本件弁護士費用のごときものはこれを生活保護の対象とするに適せず、その補填は、違法な権利侵害によつて被つた損害を回復する方法により別途に図るべきものである。
それゆえ、本件弁護士費用は、これを保護受給費用としての面から考察しても、生活保護の対象たりえないものといわなければならない。
四原告は、本件弁護士費用について生活保護が認められないならば、原告が第一次訴訟によつてせつかく回復しえた最低限度の生活が再び失われてしまうことになり、不合理であると主張するが、本件弁護士費用の補填を図る方途がないではないことは右に述べたとおりであるのみならず、原告が将来右弁護士費用を支払うとしても、その支払方法等のいかんにより最低限度の生活を脅かされる事態が現実に生じるか否かは未必のことであつて、現段階において右の支払に充てるべき費用そのものとして保護を与えなければ直ちに不当な結果になるものということはできない。
また、原告は、本件弁護士費用について生活保護を認めないことは貧困者に対する法律扶助の拒否にほかならず、憲法一二条、一三条、一四条、二五条、三一条、三二条に違反すると主張する。しかしながら、右憲法の各規定はいずれも貧困者に対する法律扶助を国の義務として定めているものではないから、原告の右主張は前提において失当というべきである。
五以上によれば、本件弁護士費用が生活保護の対象とならないとした本件処分及び裁決の判断は是認すべきものであつて、原告主張の違法はない(生活保護の対象たりえない費用について原告主張のように特別基準の設定を云々する余地はない。)。
よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)